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賽は投げられた。人事尽くして天命待つと言うか、転がりだした物は止められないというか。まぁ、ちょとは覚悟しとけよ。
基本的に毎日更新。出来なかったときは遡ってやります。多分。きっと。出来たら良いな

自分の心の中に投影された他人の虚像に恋してる

ちと面白いのがあったので、便乗してみる。

「彼女がいない」より、「惚れない」ことのほうが深刻なのでは?


 恋って、なんなんだろう。
 誰かを好きになるって、なんなんだろう。
 彼氏彼女って、なんなんだろう。
 きみはいったい、誰に惚れてるの?


色々考えるところはあるんですが、これぶっちゃけて書くと、誰に惚れてるわけでもなくて、自分の心の中に投影された都合の良い他人の虚像に恋してるんですよ。

「人を好き」になる訳じゃなくて、「記号化された属性が好き」に過ぎないんですよ。
本当に人を好きになると、なんで好きか?って聞かれて答えられるわけがないんです。漠然な感覚でしかないから。
そころが、最近人は結構答えられる人が多いんじゃないかな?

たとえ話をすると、「三日月が好き」って言う人がいる。
新月も、満月も半月も、それは月なわけだ。
月にもいろいろな形があるのに、三日月と限定してしまってる。
光と影がありながら、そちらに対して目が行ってない。
人を好きになると言うのは、光と影をひっくるめて好きになることのハズ。
ところが、大半の人は、一部分だけを見て、好きだという。

何か間違ってないかい?
実際、女の子に恋してるわけではなく、自分が創りだした、都合の良い虚像に恋してるに過ぎない。
だから、恋愛に理由を求めるし、記号化されてくる。人間が創りだした、言語に行動が支配されている。
何と残念なことか。
君は人を好きになることになんか理由がいるのかい?

他人の気持ちはわからない(他人の心が読めればエスパーだわな。)し、判ってしまえば不要になる。
他人を理解したいと思うその気持ちが恋心なのにね。
他人の心が判らないから幸せだし、それがとってもいいのにね。